三井家の江戸の氏神として知られているが、昔、三囲神社は、三囲稲荷と呼ばれる墨東の古社だった。文和年間(1352〜1356)、近江国三井寺の僧源慶が霊夢により東国を巡礼していた途中、ここ牛嶋の地に荒れ果てた小祠を見つけた。
村人に尋ねると弘法大師が創建した由緒ある祠であるとのこと。その様を深く悲しんだ源慶は自ら社殿の修復に取りかかると、埋もれていた壺が一つ出て来た。その壺に収められていたのは白狐に跨った神像だった。その時、何処からともなく現れた白狐が神像の周りを三度回ってまた何処かへか消えていったという。この故事から「みめぐり」の名が付いたと伝えられている。
境内には数多くの石碑が立っているが、その中でも最も有名なのは、俳人室井其角の雨乞いの句碑だろう。「此御神に雨乞する人にかわりて "遊ふ田地(夕立)や田を見めぐりの神ならば" 晋其角」と刻まれている。
大国神と恵比寿神は、本堂左手の社に祀られている。江戸時代、越後屋(現在の三越)に祀られていたもので、店の大黒柱だった木材を利用して彫られたものらしい。