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隅田川(すみだがわ)七福神めぐり

[隅田川七福神]

[期間]
1/1〜1/7 9〜16時
[所要時間]
約2時間30分
[最寄り駅]
東京メトロ銀座線・都営地下鉄浅草線・東武伊勢崎線浅草駅、東武伊勢崎線鐘ケ淵駅
[モデルコース案内]
浅草駅(15分)→三囲神社(みめぐりじんじゃ)(恵比寿神・大国神・5分)→弘福寺(こうふくじ)(布袋尊・1分)→長命寺(ちょうめいじ)(弁財天・20分)→向島百花園(むこうじまひゃっかえん)(福禄寿・5分)→白髭神社(しらひげじんじゃ)(寿老神・30分)→多聞寺(毘沙門天・15分)→鐘ケ淵駅


◆ 恵比寿神 ◆ 大国神

■三囲神社(みめぐりじんじゃ)

恵比寿神

大国神

三井家の江戸の氏神として知られているが、昔、三囲神社は、三囲稲荷と呼ばれる墨東の古社だった。文和年間(1352〜1356)、近江国三井寺の僧源慶が霊夢により東国を巡礼していた途中、ここ牛嶋の地に荒れ果てた小祠を見つけた。
村人に尋ねると弘法大師が創建した由緒ある祠であるとのこと。その様を深く悲しんだ源慶は自ら社殿の修復に取りかかると、埋もれていた壺が一つ出て来た。その壺に収められていたのは白狐に跨った神像だった。その時、何処からともなく現れた白狐が神像の周りを三度回ってまた何処かへか消えていったという。この故事から「みめぐり」の名が付いたと伝えられている。

境内には数多くの石碑が立っているが、その中でも最も有名なのは、俳人室井其角の雨乞いの句碑だろう。「此御神に雨乞する人にかわりて "遊ふ田地(夕立)や田を見めぐりの神ならば" 晋其角」と刻まれている。
大国神と恵比寿神は、本堂左手の社に祀られている。江戸時代、越後屋(現在の三越)に祀られていたもので、店の大黒柱だった木材を利用して彫られたものらしい。



◆ 布袋尊

■弘福寺(こうふくじ)

布袋尊

黄檗宗大本山、黄檗山万福寺(京都府宇治市)の末寺にあたり、祥雲作といわれる釈迦如来像をご本尊とする。
以前は、隅田善左エ門村の高森山にあった小庵だったが、延宝二年(1673)に鉄牛禅師により現在の地に移されるとともに、牛頭山弘福寺と改称された。山号を牛頭としたのは、当時、隣接していた牛嶋神社の祭神、須佐之男命の別称が牛頭天王で古くから地主神として祀られていたことに由来する。
本堂右手にある像は、布袋様らしくふくよかなお腹とこぼれんばかりの笑顔が印象的。



◆ 弁財天

■長命寺(ちょうめいじ)

弁財天

開山は明らかではないが、元和元年(1615)頃の創建とも伝えられている。天台宗で比叡山延暦寺の末寺で、当初は常泉寺と号していた。
寛永年間(1624〜44)に、三代将軍家光が鷹狩の途中、不意の腹痛のためこの寺に休憩した際、境内の井戸水を汲み、薬を服用したところ、たちどころに痛みが消え快癒した。喜んだ家光がその井戸に長命水の名を与えたところから、以後、寺号を長命寺と改めたという。
この寺の弁財天は、琵琶湖・竹生島系の老女弁天。琵琶ではなく、武器を持っているのが特徴。本堂に安置されている。



◆ 福禄寿

■向島百花園(むこうじまひゃっかえん)

福禄寿

百花園は文化元年(1804)に仙台の人、佐原鞠塢が開いた。鞠塢は日本橋で骨董屋として財を成したが、晩年、この地に隠退し、多賀屋敷跡を買い求め、かねてから親しくしていた文化人から寄贈された梅樹三百六十株を植え、梅園とした。このために亀戸の梅屋敷に対して、新梅屋敷と呼ばれた。梅は百花にさきがけて咲くと、当代の人気絵師、酒井抱一が百花園と命名したと伝える。
福禄寿は、売店にほど近い福禄寿堂にひっそりと祀られている。



◆ 寿老神

■白髭神社(しらひげじんじゃ)

寿老人

白鬚神社は、天暦五年(951)に慈恵大師が関東に下った時に近江国滋賀郡打颪(滋賀県高島町)に鎮座する白鬚大明神の御分霊を勧請し、ここに祀ったのが起源とされる。
隅田川七福神では、「寿老人」を「寿老神」と記している。これは、隅田川七福神の選出に際し、寿老人を祀ってあるところだけが見つからなかったので、百花園のある寺島の鎮守、白鬚大明神に白羽の矢が立ち、その御名前からして白い鬚の老人の神様だろうからと寿老人に充てたことから来ている。石碑には、「白鬚大神」と刻まれている。



◆ 毘沙門天

■多聞寺(たもんじ)

毘沙門天

天徳年間(957〜960)に創建され、不動明王像を御本尊としていた。当時は隅田千軒宿と呼ばれた古代奥州街道の宿駅(現在の隅田川神社辺り)にあり、大鏡山明王院隅田寺と号していたと伝えられる。
毘沙門天は、この寺の本尊であり、弘法大師の作と伝えられる、約50cmほどの木造立像が本堂に安置されている。
その他に妖怪狸を祀った狸塚があり、狸塚にちなんだ狸の置物などのグッズも販売している。




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