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■ 浅草名所七福神
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◆ 毘沙門天
■善國寺(ぜんこくじ)
朱色の門が鮮やかで、毘沙門さまの愛称で親しまれている善國寺。文禄4年(1595)、徳川家康によって創建された。当初、日本橋馬喰町にあったものを麹町を経て、約200年前に現在地に移転したという。 この善國寺に、狛犬ではなく、寅が鎮座していたり、絵馬にも寅が描かれているのは、毘沙門天様が、寅年の寅の月の寅の日の寅の時刻生まれだからだそうです。 毘沙門天は、本堂内左手に祀られている。
◆ 大黒天
■経王寺(きょうおうじ)
経王寺の大黒天は、日蓮聖人の高弟の一人ですぐれた仏師でもあった日法上人が彫った木像。江戸の大火など度重なる火災に遭っても、焼失からまぬがれたために、「火伏せ大黒」と呼ばれ、江戸庶民の人気を集めていたそうです。 全身が黒い大黒天は、目に見えない大きな幸せを闇にまぎれて運んでくださるそうです。
◆ 弁財天
■厳嶋神社(いつくしまじんじゃ)(抜弁天・ぬけべんてん)
抜弁天は今はもう地名のようになってしまったが、その昔は源義家が祈願した厳島神社があった。この近くを旧鎌倉街道が通っていたために源義家の伝説があるのだといわれる。 境内が南北に通り抜けでき、また苦難を切り抜くための弁天社、いわゆる抜弁天として庶民から信仰され、江戸六弁天、山の手七福神の一つに数えられた。神社付近一帯は、江戸時代の犬小屋跡である。
◆ 福禄寿
■永福寺(えいふくじ)
曹洞宗の寺院で、大久山永福寺という。慶安元年(1648)創建と伝えられる。一つは宝暦6年(1756)建立の大日如来坐像で、像高一・一七メートル、権大僧都亮長の発願によって、長谷川国得により鋳造された。 他の一つは地蔵菩薩の半跏趺坐(左脚を垂れ、右脚を曲げて腰かける)像で、像高は一・〇八メートル。こちらには建立の事情が細かく刻まれ、発願主が前天正寺全戒、化主が祖俊光道長老・黙道戒音長老・現永(不明)成純、鋳物師が粉川一正で、嘉永6年(1853)4月に造立されたことがわかる。 福禄寿は、本堂向かいの社に祀られている。
◆ 寿老人
■法善寺(ほうぜんじ)
日蓮宗の寺院で、正式名を「春時山光晴法善寺」といいます。 七面明神とは、山梨県身延山の北にそびえる七面山に住む女神のこと。これは、日蓮宗総本山身延山久遠寺の鎮守です。法善寺の『七面明神像』は、唐風の衣裳に宝冠をかぶり、左手に火炎如意宝珠、右手に鍵を持ちます。鍵は正法を開いて人々を救うことを意味し、宝珠は仏に献上して成仏を約束された品といわれています。中正院日護上人の作と伝えられ、万治年間(1658〜60)に駿河国から移され、江戸で最初にまつられた七面明神とされています。 寿老人は、本堂右手の庫裏に祀られている。
◆ 恵比寿
■稲荷鬼王神社(いなりきおうじんじゃ)
もとは承応2年(1653)に戸塚の諏訪神社境内の福瑳稲荷を勧請したもので、天保3年(1832)に当地の百姓田中清右衛門が熊野から勧請した鬼王権現と合祀した神社である。 江戸時代から豆腐を備えれば、湿疹・腫れ物に特効があるとされた。 恵比寿さまは、境内の左手、開運恵比寿神社に祀られている。 恵比寿様を参った後に、脇にあるかえる石に水をかけてさすると「よき運にかえる」「金にかえる」と言われている。そして最後にもう一度、恵比寿様を参拝するのが、正式な参拝方法だそうです。
◆ 布袋尊
■太宗寺(たいそうじ)
正式には、『霞関山本覚院太宗寺』という浄土宗の寺院。僧・太宗が開いた草庵『太宗庵』が前身で、慶長元年(1596年)頃にさかのぼり、内藤家五代目の正勝が寛永6年(1629年)に没し、太宗寺へ埋葬され、以後歴代の墓所になりました。 境内は「新宿ミニ博物館」として、江戸六地蔵のひとつである『銅造地蔵菩薩坐像』のほか、『閻魔像』、『奪衣婆像』、『内藤家墓所』、『キリシタン灯籠』『内藤家墓地出土品』などが見学できる。 布袋尊は、地蔵菩薩像とは反対側の不動堂に三日月不動像と一緒に安置されている。