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[港七福神]
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[期間]
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1/1〜15前後 9時〜17時(ただし宝珠院の御開帳は4/15〜17のみ)
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[所要時間]
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約3時間30分
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[最寄り駅]
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東京メトロ南北線六本木一丁目駅、都営地下鉄浅草線・大江戸線大門駅
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[モデルコース案内]
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六本木一丁目駅(5分)→久國神社(ひさくにじんじゃ)(布袋尊・20分)→天祖神社(てんそじんじゃ)(福禄寿・15分)→櫻田神社(さくらだじんじゃ)(壽老神・15分)→氷川神社(ひかわじんじゃ)(毘沙門天・5分)→大法寺(だいほうじ)(大黒天・5分)→十番稲荷神社(じゅうばんいなりじんじゃ)(宝船・15分)→飯倉熊野神社(いいくらくまのじんじゃ)(恵比寿神・20分)→宝珠院(ほうしゅいん)(弁才天・15分)→大門駅
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徳円満の神として信仰が厚い「布袋尊」を祀っています。太田道灌が鎌倉時代の名工久国作の宝剣を寄進したことで、「久国稲荷大明神」として崇敬されています。
ここに祀ってある布袋尊は、70年以上前に作られた陶器の像。本殿奥の厨子に入れられ、大切に守られている。
外国人の多い六本木とあっておみくじの裏は英語で記載されてあり、大吉は「 EXCELLENT」、吉は「VERY GOOD」と書かれています。
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「竜土神明宮 天祖神社」と書かれた大きな石柱を通り過ぎ、小さな鳥居をくぐって階段を上ると正面に本殿があります。右には赤い鳥居が三重にたてられ、お稲荷様が祀られています。
竜土神明宮とは、創建当時、毎夜のように江戸湾から竜が灯明(とうみょう)をあげに飛んで来たという伝説から、「竜灯(りゅうどう)」に由来するといわれています。
福禄寿像は、境内右手の満福稲荷神社に安置されている。
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長寿を授ける「壽老神」を祀った櫻田神社は、1180年頃に霞ヶ関の地に建立されたといわれ、その後太田道灌が再興し、1624(寛永元)年に現在のところに遷宮しました。
かつては、乃木希典大将や新撰組の沖田総司も参拝したという。
壽老神は、境内の福壽稲荷社に祀られ、1/1〜8日の間、御神様が公開される。
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創建は諸説ありますが、万治年間(1658〜61)に現在地より300mほど北にある一本松付近から現地へ移転。江戸氷川七社の一つとして崇敬されてきました。
鳥居をくぐるとすぐ右に大きな神輿が収められた神輿蔵があり、その左に立派な神楽殿が控えています。本堂は鮮やかな朱色で、背後にそびえる高層マンションとのツーショットが印象的です。
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地元では大法寺というより一本松の「大黒さま」として親しまれています。創建は1597(慶長2)年。山門を入って左には、お稲荷様が祀られています。毎年2月3日の節分の日に開かれる「豆まき」は盛大。
大黒天は、弁財天の顔立ちと冠に毘沙門天の鎧を付け、大黒天の袋と小槌を持った三神具足の像。大黒天の寿福増進、毘沙門天の除災得幸、弁財天の円満という、さまざまな願いを叶えてくれる。
本堂左手には、各地から奉納された大黒天の像が並んでいる。
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港七福神めぐりの特徴でもある、七人の福の神を乗せた縁起の良い宝船の神社です。
七福神を乗せた宝船の石造は鳥居の左側にあり、右側には火傷、防火のお守りとして昔から伝えられる「ガマ池伝説」を物語るガマ親子の石像が置かれています。
古池から突如大ガマが現れ、水を吹きかけ猛火を消したという伝説から、火の災難から守ってくれるといわれていますが、最近では「若ガエル、幸せカエル、落し物カエル、何でもカエル」などのご利益が信じられ、親しまれています。
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神社の勧請・縁起はとても古いのですが、1703(元禄16)年の火事で記録が焼失しわからないといわれていますが、「養老年間(717〜724)に芝浦海辺の地に遷座あり」と伝えられています。
恵比寿神は、境内左側の太田稲荷神社に祀られていたが、平成13年2月に本殿相殿として合祀されました。
社紋の八咫烏がサッカー日本代表のエンブレムになっていることから、日本代表を応援する意味も含め、サッカーお守りを頒布しているらしい。
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宝珠院は1685(貞亨2)年、増上寺三十世霊玄上人によって弁天堂の建立と同時に開創されました。
朱色の弁天堂のほか、高さ2mもある閻魔大王の木彫りの像(港区指定文化財)が収められた閻魔堂があり、宝珠院の縁日は「お閻魔さま」と呼ばれて親しまれていました。
後世、この弁才天を信仰した徳川家康が天下を平定したことから、巳成金、開運出世大弁才天と改名されたそうです。
弁才天像は、境内左手にある朱塗りの弁天堂に祀られている。御開帳は、4/15〜17の時期のみ。
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